御蔵酢

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2018年7月23日

木桶で醸造

改めまして。株式会社MIKURAです。
当社は創業が平成20年であり、またお酢を作り始めたのが、平成25年からの歴史のない会社でございます。
創業当初は、販売会社であったのですが、平成23年8月台風12号で被害を受けた仕入元の醸造会社様の再興を待たず、自社で製造業になろうと創業者が現在の御浜町に土地を買い、建物を建て、上記の木桶を買いました。(木桶はその当時、①酒蔵、②醤油蔵、③味噌蔵の順番待ちで、お酢屋さんに回ってくるのは(しかも、弊社は製造高も小さいので)ず〜っとそのあと。順番待ち。。。。
なんとか中古の木桶を揃えて、醸造を始めて、ラッキーなことに元気な種酢も酢酸菌も再生してくれました。

 

 

赤酢、と呼ぶのは原料が赤い酒粕のこと。

お味噌のような色ですが、熟成して褐色化した酒粕です。(国産米使用の国産日本酒の酒粕です)

江戸時代は、お米が高価でした。
米は年貢で納めるものであり、庶民の口にさえなかなか飯米は出回らない時代もあったでしょう。
お酢と言えば、ミツカン!キングオブビネガーのミツカンさんの、ホームページには下記のように記載があります。
http://www.mizkan.co.jp/story/change/01.html

>>造り酒屋だったミツカンの初代中野又左衛門は、文化元年(1804)に分家独立して創業。酒粕を利用した粕酢造りに挑みました。酒造家が酢を造るなど、江戸時代には考えられないこと。酒桶に酢酸菌が入ると、お酒が全部「酢」になってしまうからです。けれど、又左衛門の大胆なチャレンジは見事に成功。すっかり評判となった粕酢を、又左衛門は江戸で販売しようと考えます。そのきっかけは、又左衛門の耳に飛び込んできた、「江戸では最近『早ずし』が人気を呼んでいる」という噂でした。

>>早ずしとは、ネタと酢飯を握る、今の握りずしの原型のこと。江戸の町で又左衛門は、噂どおり早ずしが江戸の人々に大受けしていること、そして使っている酢は当時まだ高価だった「米酢」であることを知ります。
「米酢を粕酢にすることができたら、もっとおいしくて手軽なすしがつくれるはずだ」
又左衛門は半田に戻り、積極的に江戸への売り込みを開始。すると、「粕酢の風味や旨みがすし飯に合う」と、江戸でも人気のすし屋がどんどん粕酢を使うようになります。江戸っ子のハートをつかんだ握りずしの大ブームとともに、又左衛門の粕酢は江戸前ずしに欠かせないものとなっていったのでした。

なんとも画期的なアイデア!まだ誰にも知られていないものをこの後世にまで文化として広めるなんて、とてつもないエネルギーです。感動です。さすがミツカン。ミツカン王国の原点のようです。素晴らしいです。
そんな「赤酢」ブームを作った例えば、現代で言えば電通か博報堂のようなムーブメントを作る企業というのは業界を牽引するようになるのだと思います。

全国にはお酢メーカーがたくさんあります。お醤油もお味噌もそうですが、メーカー各社の味が違います。原料や製法によって出来上がる味が違ってきます。皆さんのお好みの味を見つけて頂きたいと思います。

現在では、米酢も安価に作られるようになりました。お米の値段は、農家さんにもっと支払ってもいいのでは?と思うくらい、安定供給となりました。
米酢を造るお店もあります。粕酢を造るお店もあります。粕酢を造るメーカーは少し珍しくなってきたでしょうか。
チェーン展開の回転寿司では、赤酢のすし飯も選べるのだとか。
赤酢ブーム再燃です!江戸前寿司(だけでなく)赤酢万歳です!シャリが赤いとちょっと特別な気分になります。

歴史のない弊社が学んだ製法は、玄米から造る玄米黒酢と、熟成の酒粕から造る酒粕赤酢。そして、透明な酒粕酢。

以前は若い白い酒粕から粕酢を作っていたのですが、台風で木桶のお酢も酒粕も全部流された。
そこで、熟成の赤い酒粕から赤いお酢を造って、炭で濾過して透明な酒粕酢を造る。
味が、若い白い酢よりも深みがある。災害の後からは、御蔵酢では、赤酢を造ってからの色と香りを炭で吸着させた「酒粕白酢」を造るようになったというわけです。

御蔵酢の酒粕赤酢「潤朱」(うるみ)と酒粕白酢「月下」(げっか)をどうぞお味見ください。
酢飯にも、酢の物にも、ご満足頂けましたら、恐悦至極に存じます。